薬湯の由来

信玄の薬湯の由来

少名毘古那神(スクナヒコナ神)開湯は古く奈良時代末(西暦783年)、諏訪神社の神官の霊夢により発見、と古文書にあります。さらに古く4世紀の頃、神功皇后が朝鮮征伐凱旋の時、諏訪大明神が夢枕に立って、毒矢などの傷兵にこの薬湯を飲ませよと告げた、との記述も見えます。
さらにさかのぼって、日本神話の中で大国主の神と一緒に国づくりで活躍する小人の神・少名毘古那神(スクナヒコナ神)がこの薬湯を発見したとの言い伝えもあって、由来は神秘に包まれています。
信玄の薬湯」の名は戦国時代以後。雄将・武田信玄が上杉謙信との合戦のため八ヶ岳を巻いてこの奥蓼科を通る「信玄の棒道」を建設、この湯の薬効に驚き傷兵たちを湯治させました。それ以来「信玄の薬湯」と呼ばれるようになりました。

この薬湯の湯の花と湯塩(湯気が結晶したもの)は、古文書にも霊薬として多く記されとても古くから採取されていたようです。江戸時代中頃からは、湯を樽につめて薬用としての販売も始まり、明治始めの頃から非常に盛んになって、それかが昭和10年頃まで続きました。

当館内にある少名毘古那神を祀る祠です

薬湯の効能

「胃腸病」、「リューマチ」、「婦人病」、「皮膚炎」と幅広く、創傷にも良く効き、肌もすべすべしてきます。禁忌症には 「急性皮膚病」、「興奮型神経症」、「急性熱性疾患」、「皮膚粘膜過敏症」、「結核」、「下痢」 。湯は白く濁っていて、湯面に粒状の「湯の花」が浮いています。

源泉が21度と高くはないため、昔から湯治客は焚火で暖をとっては入浴していました。 今では加熱していますので湯治は楽になりましたが、金属腐食性のきわめて強い泉質のため、加熱装置には非常に苦労しています。

打たせ湯は源泉そのままの冷泉で、マッサージ効果とともに精神の緊張もほぐれてきます。 また、この冷泉と温湯に交互に入りますと、全身の毛穴が開いたり閉じたり…。 毛穴の老廃物も取れて肌がピンと張り、皮膚の代謝機能や体温調節も活発になってきます。

冷泉のため、熱さは感じませんが、成分が強いので湯あたりを起こしやすく、15分以内の入浴を促すため、内湯と露天風呂は深めになっています。
肩まで浸かるには中腰になる必要があるので、長湯はできない造りにしています。

薬湯の効能湯

薬湯の飲水

当宿の薬湯はお飲み頂くことも可能です。
ちょっと渋いほろずっぱさは、とてもさわやかな味です。
飲泉は、食前30分前から1時間前にコップ半分から1杯が適当です。
飲泉の適応症は「常習便秘」、「慢性リューマチ」、「痛風」、「糖尿病」、「金属中毒症」、「神経痛」、「胃腸病一般」など。禁忌症には「結核」、「下痢」、「胃癌」、「胃潰病」があります。
神功皇后が毒矢などの傷兵にこの薬湯を都まで運ばせて飲ませて治療したという故事は、おそらく適応症にある「金属中毒症」のことでしょう。

薬湯の飲水

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